その「ちゃーん」があまりにも精妙すぎてさ

 先週土曜は、彩の国さいたま芸術劇場で、アファナシエフのリサイタルを聴く。
 後半一曲目に演奏されたベートーヴェンの《テンペスト》ソナタは、冒頭から強烈だった。
 序奏で一音、ちゃーんと弾いた後、その残響が消えるのを待つあいだ、鍵盤から手を離して、腕をまくりあげるやら、両手をぶらーんと下げるやら、顔に手をあてるやら、その仕草がいちいちおかしい。今年末の宴会芸はこれで決定という感じ。
 しかも、その「ちゃーん」という音が、ぞくぞくさせるような精妙さ。その音をずっと聴いていたいと思うくらいに。そして、おもむろに、主部が雪崩のように襲いかかる。
 この序奏部は、展開部や再現部のアタマにも登場するから、曲の流れはそこでいったん滞る。マトモな教育を受けたピアニストなら、こんな演奏はちょっとやりにくい。
 
 ベートーヴェンのソナタはそもそも実験的なものだったと考えるなら、アファナシエフの解釈はすぐに納得できる。なんといっても、彼の弾くベートーヴェンには、すべての慣習から自由さがあふれていて、とにかく眩しかった。
 次に演奏された《熱情》ソナタは、タテの線、ヨコの線がキチンとデザインされ、まるで巨大なタペストリーを編んでいるよう。
 アファナシエフはこのところ腰を痛めているらしく、ステージに登場するのもしんどそう。ゆえにカーテンコールもアンコールもなし(サイン会はやっていたみたいだけど)。

 前半は、シューベルトの晩年の傑作、3つのピアノ曲。シューベルト作品でもっともロマン派の作品だけど、今日の演奏は残念ながら途中からしか聴けなかった。演奏会に遅刻してしまったのだ。
 ちょうど一週間前に三鷹に自転車で行ったのだが、そのときは地元、深川から片道で30キロくらいの道程だったので、今回の与野本町だって、だいたい同じくらいだろ、と目算してしまったのがまずかった。さらに10キロ近く距離が多かったのだ。
 帰り道は寄り道したので、この日の走行距離は合計95キロ(こんな距離だったらミニヴェロではなく、ロードバイクで行けば良かったわ)。