あの川崎に勝ってしまう

 先週24日、ちょうど上野で都響を聴いていた時分、天皇杯の準準決勝が競われていて、我がモンテディオ山形もホームで川崎フロンターレと対戦するという好カード!というより、どうやって勝つのかちょっと想像できぬレベルの試合というわけなのだけれど、しっかと情報断ちしたまま、演奏会後もゆるゆると飲み食いなどし、夜も更けた頃に帰宅して録画してあった試合を恐る恐る見た。 […]

「抒情」の奇妙な交響曲

 24日は都響の定期だった。シュレーカーの室内交響曲と、ツェムリンスキーの抒情交響曲という、大野和士の指揮で聴きたいプログラムだ。 […]

ドリフとユニセフのコラボ

 BSフジで再放送しているドリフターズの「ドリフ大爆笑」を何度か見た。 懐かしいのと、この手の番組を今の時代に見るとどういう感じなのだろうという興味本位に突き動かされて。 本放送があった1970年代後半は、わたしは小学生だった。うちの親父は子供にテレビをあまり見せたがらなかったから(自身がチャンネルを独り占めしたかったので)、毎回は見ていないけど、確かにこんな雰囲気の番組であったよなあというのは朧気に記憶に残っている。「もしも」のコーナーで、やけに葬式が舞台になってたりね。 […]

その「ちゃーん」があまりにも精妙すぎてさ

 先週土曜は、彩の国さいたま芸術劇場で、アファナシエフのリサイタルを聴く。 後半一曲目に演奏されたベートーヴェンの《テンペスト》ソナタは、冒頭から強烈だった。 序奏で一音、ちゃーんと弾いた後、その残響が消えるのを待つあいだ、鍵盤から手を離して、腕をまくりあげるやら、両手をぶらーんと下げるやら、顔に手をあてるやら、その仕草がいちいちおかしい。今年末の宴会芸はこれで決定という感じ。 しかも、その「ちゃーん」という音が、ぞくぞくさせるような精妙さ。その音をずっと聴いていたいと思うくらいに。そして、おもむろに、主部が雪崩のように襲いかかる。 この序奏部は、展開部や再現部のアタマにも登場するから、曲の流れはそこでいったん滞る。マトモな教育を受けたピアニストなら、こんな演奏はちょっとやりにくい。  ベートーヴェンのソナタはそもそも実験的なものだったと考えるなら、アファナシエフの解釈はすぐに納得できる。なんといっても、彼の弾くベートーヴェンには、すべての慣習から自由さがあふれていて、とにかく眩しかった。 次に演奏された《熱情》ソナタは、タテの線、ヨコの線がキチンとデザインされ、まるで巨大なタペストリーを編んでいるよう。 アファナシエフはこのところ腰を痛めているらしく、ステージに登場するのもしんどそう。ゆえにカーテンコールもアンコールもなし(サイン会はやっていたみたいだけど)。 […]